鉄道研究会WOOノンJRの旅山陽編2日目−1
尾道は意外と遠かった
(2日目−1 福山−松永−東尾道−尾道)
 午前6時。JR福山駅の目と鼻の先にある福山と〜ぶホテルで、安眠をむさぼる私の目覚し時計兼携帯電話が鳴る。いつものようにアラームを止めて再び床につくところが間をおかずにまた携帯電話兼目覚ましが鳴り出すではないかっ!よもやポルターガイストの仕業かとも思ったが、よく考えてみると、携帯電話の呼び出し音と目覚ましのアラームの音を一緒にしていたのがそもそもの間違いで、最初の呼び出し音はTs.T氏からのモーニングコールで、次のが目覚まし時計だったのだ。そう、私は目覚まし時計を止めるつもりで、Ts.T氏からの電話を切ってしまったのだ。  状況を把握したところでもう一度Ts.T氏から電話が入る。「外を見てごらん」と言われてカーテンを開けると、駅前のロータリー付近で見慣れた巨躯がいた。手を振るとこちらに気づいたようで、手を振り返すTs.T氏。未明に大阪を出て、クルマでやってきただけあって、少々ハイになっているようである。
 軽い朝食をとり、身支度を整えてチェックアウトすると、車に隠れていたTo.T氏とI.Mちゃんが出迎えてくれた。今日一日の我々の命運を握るといっても過言ではないサポートカーが合流したので、いやがうえにもやる気が昂ぷる。
ここ福山から尾道まではJRで18分、400円で行けるのだが、ノンJRと銘打っている以上、それを使うわけには行かない。というわけで今回の趣旨を貫きたいK.S、Sy.M、Y.S、そして私の4人はバスを乗り継ぐことになっている。日に10本程度しか走っていないレアなバスは、定刻どおりに福山駅前を出発した。
 車窓から眺める朝の風景は、明るく澄み渡っていて、これから自転車で70キロ走らなければならないことを忘れてしまえば、非常に気持ちがいい。バスは途中で何人か乗り降りがあったが、終点の松永バスセンターまで乗りとおした乗客は我々だけであった。さて駐車場に毛の生えた程度のバスセンターからは、国道をひたすら西に歩きつつ、尾道へのバスを探すことになった。最長でも尾道から一決手前の「東尾道」まで歩けば、尾道までのバスがあることは判明しており、何とかそれまでにバスが見つかんないかなー、とテクテク歩く。先ほど、福山でサポートカーに荷物を預けたので身軽なことは身軽なのだが、
折からの晴天で早くも汗が出てくる。
 黙々と歩を進めるが、いっこうにそれらしいバス停が見つからない。バス停はあるのだが、「尾道駅行き」と明記されているものがない。 いつのまにか東尾道駅付近まで歩いてきたとき、1台のバスが我々の前を過ぎ去っていった。
 あ〜!!!.Y.Sの叫び声が力なく響く。そのバスには 「〇〇〜尾道駅〜△△」 という風に経由地に尾道駅と書いてあったのだ!呆然とする男4人。しかしここで突っ立っていても状況は変わらない。結局東尾道駅までの約3キロを踏破し、駅前に止まっていた尾道駅行きのバスに乗ることができた。ちなみにこの間、サボートカーの面々はとっとと尾道に着いた上に、名物の尾道ラーメンをしっかり食べていたそうな。
 バスが山陽本線沿いに走ると、大林宣彦的風景が広がっていく。時間さえあればゆっくりと見ていきたいところだが、9時からレンタルサイクルを借りる段取りになっている以上、車窓から眺めるにとどめるしかない。もし再び尾道を訪れることがあるならば、ゆったり町並みとラーメンを味わいたいものである。
 バスは9時ちょっとすぎに尾道駅前に着いた。すかさず携帯電話でTs.T氏と連絡を取って、レンタルサイクルの受付で福山を後から出たM.O、S.I、Ke.Sの3人とも合流、この旅行の瞬間最大参加者数を記録した。ここからはサポートカーに先回りしてもらいながら、自らの脚力でしまなみ海道を走破する。目標は今治港17時10分発の高速艇に乗ること。熱く、長い戦いが今、始まった。(了)
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