| 鉄道研究会WOO>ノンJRの旅山陽編>2日目−2 | ||
| 元Jリーガーとしての自覚とは しまなみ海道サイクリングはフォルツァだ 【フォルツァ=”頑張れ”とか”やった”の意/(用例)フォルツァ塩爺】 |
||
| (2日目−2 尾道−今治) | ||
で、担当から久々に電話をもらってね,「島園さん、ちゃんと生きてた?今度“しまなみ海道”の取材するんだけど連れてってもいいよ」だって。なんてこったい。以前は担当の方が僕にペコペコだったし,仕方ないから有名人の集まるコンパにも連れていってやったのに…今は立場が逆転なんだからね。けど,よく考えると.あの時世話してやったから今でも取材の仕事がもらえると理解して,ここは我慢のしどころだよね。まぁ元Jリーガーの自覚だけは常に持ち続けないといけないと思うんでね,とりあえず読者のみなさんに楽しんでもらえるようフォルツァですわ。 担当が集合場所に指定してきたのは山陽新幹線の“福山”ってところでね。福山雅治の出身地って教えられたんだけどね,さすがにそりゃないだろ? しまなみ海道の出発点は“尾道”のはずだからね,「ここでJRの在来線に乗り換えだな」って思ってたんですわ。すると担当が「ここからはバスです」って言うもんだからね,素直に乗ったんだよね。バスの行き先は”松永”って書いてありましたわ。 だから,てっきり終点の“松永”の手前に”尾道”があってね,そこで降りるんだと思っていたらね担当が「島園さん終点ですよ」って言うんですわ。 「えっ?尾道じゃないのか?」と言ってやったらね,「ここからは徒歩移動ですから…」ってこれで当たり前って返事なんですわ。全然フォルツァじゃないぜ!ここから何分歩けっていうんだよ。 結果的には”東尾道”という駅まで歩いてね,ここからまたバスに乗って”尾道”に行くっていうんだから,いったい何を考えているんだろうね? 後日、大阪に帰ってからね、担当が「あっ言い忘れでいましたか?あれってノンJRの旅の一環なんですよ。ノンJRの旅というのは‥‥・・」って説明しだすんですわ。それならそれと早く説明してくれよな。 いよいよ,尾道で自転車を借りるんだけどね,これがなんとママチャリなんだよね。家から最寄り駅まで使うようなやつですわ。かろうじて3段階の変速がついているんだけどね,これから目指す四国の今治は道のりにして60kmも先らしいんですわ。いくらなんでもママチャリで60kmはないだろ。でも元Jリーガーの自覚としてね,泣き言は禁句なんでね,フォルツァでいくしかないと思ってね,前向きに取り組みましたわ。 まずは渡し舟で向島(むかいじま)へ自転車ごと渡るんですわ。水路の幅が狭いんでね,てっきり川だと思っていたんだけどね,担当が「実はこれは海峡ですよ」と言うんでちょっと驚きましたわ。 地図を見るとね,ちょっと先に尾道大橋というのがあってね,この海峡を橋を通って渡ることができるんだよね,せっかくだからこれも自転車で渡ってみたかったけどね,地図に「橋の歩道が狭いので渡船を利用してくだきい」と書いてあるんですわ。まあ.橋が狭いのは事実なんだろうけどね,渡し舟の利権の保護も考えているというのが実際のところかもしれないですわ。 さて.いよいよサイクリングの開始なんだけどね,何とも先が長いんでね。ペースも抑えがちになってしまうんですわ。この夏らしい暑い日だったんだけどね。これがサッカーの練習なら30分おきに休憩という状態なんだけどね,さすがは自転車だよね,しばらく走って視界に海が入ってくると風も体に当たってね,これが気持ちいいんですわ。元Jリーガーの自覚としてね,これなら少々長時間走ってもね,フォルツァで大丈夫という意識がでてきたよね。 最初の大きな橋が″因島大橋”っていうんだけどね。これがっていうか・・・・全ての橋がそうなんだけどね,海面から40mくらいのとても高い場所にあるんですわ。これって自転車をこいでもこいでも地図上の位置はほとんど動いていないってことだろ? 今回のサイクリングでこの橋の取り付け部分の強烈な坂道が一番精神的に参ったけどね,元Jリーガーの自覚としてね,とにかくフォルツァで走りましたわ。けど,左右にはみかん畑があってね,これが心和みますわ。「み〜かんの/は〜なが/さ〜いて〜いる〜」って思わず口ずさみましたわ。けど実際にはね,ミカンの花は咲いていなかったですわ。 話は変わるけど,なんといっても今回のサイクリングで助かったのはね,サポートキャラバン隊のみなさんですわ。Ts.TさんとTo.Tさんのご夫妻.それにI.Mさんというお嬢さんがね,前夜に大阪をクルマで出発して不休で駆けつけてくれたんですわ。そして,行程の要所要所に先回りしてね,飲み物とかエアサロンパスとかね,補給していただいてね,これでフォルツァできたんですわ。考えてみればね,このサポートなしでは途中で挫折してたかもしれなかったですわ。元Jリーガーの自覚として,紙上を借りて感謝感激の意を伝えますわ。 2番目の大きな橋が“生口橋”でね.これを渡ると生口島なんだけどね,担当が「ここは小学校の修学旅行で来た」って言うんですわ。「何を見に来たんだ?」と聞いたらね,「耕三寺」っていうんだよ。ガイドブックを見ると「西の日光東照宮」っていうんだよね。これでは大半の小学生には面白くなさそうな場所だよね。 3番目の大きな橋は”多々羅大橋”でね,広島県から愛媛県に移ってね,渡り終えたところのサービスエリアで昼飯にしましたわ。担当なんかは張り切りすぎて3kmも行き過ぎて慌てて戻ってるんですわ。けど,もう真昼なもんでね,ほんまに暑くなってきてね,体調を少し崩したY.S君が大事をとってリタイアしたんですわ。あのS君がと思ったんでね,僕も元Jリーガーの自覚を持ったとしてもね,完走できるか心配になってきましたわ。それほど暑かったんですわ。けどフォルツァですわ。 4番目の大きな橋は”大三島橋礁”でね,これって瀬戸3ルートの中で一番最初にできた橋なんだろう?。しまなみ海道って最後にできたからちょっと意外だったね。 5番日の大きな橋の”伯方・大島大橋”くらいからね,だんだん気が遠くなってきてね,特に大島の中にある峠越えはね,サッカーの猛練習に匹敵するほどハードだったですわ。「なんとかならんのかい!」ってね,思わず言ってしまったんだけどね,担当がね「最後の来島海峡大橋までくれば疲れも吹っ飛びますよ」と言うもんでね,元Jリーガーの自覚としてね,この言葉を信じるしかないと思ってね,とにかくフォルツァで走りまくりましたわ。事実,最後の休憩場所で来鳥海峡大橋を見たときは感無量でしたわ。 ここで担当がね,変なことを言うんですわ。「船の最終に間に合わないから急いでください」ってね。「何じゃそりゃ?聞いてないぞ!」と思いながらもね,景色があまりにも騎麗だしね,これで何とか四国に渡ることになるんだから急ぐなんてもったいないですわ。だから元Jリーガーの自覚としてね,フォルツァで急ぎつつも悠然と雄大な3連橋を渡りぬきましたわ。 この充実感はほんまに疲れが吹っ飛びますわ。ちなみに3連橋の途中の”馬島”というところはエレベータで降りることができるんですわ。 というわけで,橋を渡ったサンライズ糸山というところで感動のゴールですわ。これって全長約60km完走したんだよね,元Jリーガーの自覚として我ながらフォルツァでしたわ。 担当のK.Sなどは「最終の船に間に合いません。また連絡します」って叫びながら,そこから丘の下のバス停まで駆け足していきましたわ。しんどいのに大した奴ですわ。けど,僕はこれからどうすりゃいいのか指示されずじまい。結局.本誌から支給された青春18きっぷで普通電車だけで今治から大阪まで帰りましたわ。これもどうにかしてほしいよね。 というわけで,次回は何とかサッカーの選手として復活してね,本誌の取材を存分に受けてみたいですわ。それまではね,元リーガーの自覚としてフォルツァですわ。くれぐれも読者の皆さん応援たのんます。
編集注:念のため申し添えますが、当然「島園某」も「マチカーネ豊中」も実在しません。 |
||