| 鉄道研究会WOO>ノンJRの旅山陽編>3日目−1 |
| 関門海峡大橋は見えるか |
| (3日目 広島-下関) |
| 広島で迎えた3日日の朝は、ビジネスホテルの縦に細長い窓から差し込む陽射しで目覚めた。脚、腰、背中。昨日のしまなみ海道サイクリングの疲れは、驚くほど残ってはいない。ただ腕に残る日焼けの痕が、あの壮絶な強行軍が現実のものだったことを思い起こさせる.ぼんやりとTVを見ながら、もそもそとコンビニのおにぎりを食べる。天気予報は今日も晴れだ。 身支度を整えて部屋を出て、ホテルのロビーでK.S、Sy.M、Ke.Sと待ち合わせる。昨日はシングル4部屋に分かれて泊まっていたのだ。これも宿を決めない、行き当たりばったりの旅行ゆえの出来事。 ホテルから歩いてすぐの停留所から、広電宮島行きの路面電車に乗る。ここから、今日の旅が始まる。いまだ起ききらない、ぼんやりとした頭で車窓から外を見ると、広島市街の朝の風景が流れていく。昨日船で広島に着いて、宿を探して、お好み焼き食ペて、寝て、そしてまた旅立つ。少しずつ、しかし確実に西へ西へと進んでいく旅人たち。 広電西広島駅から宮島線に入ると、路面から専用軌道になり、風景も市街地から郊外へと変わっていく。広電に乗ること1時間足らず、終点の広電宮島駅に到着した。広島の超メジャー景勝地、安芸の宮島への文字通り玄関口だ。駅舎を出て海のほうを見ると、宮島行きフェリーの派手な看板が立ち並ぶ。広電宮島駅からフェリー乗り場までは歩いて1分もかからない近距離にあり、道に迷う可能性は限りなくゼロに近いはずなのだが、フェリー乗り場そのものを覆い隠さんばかりに看板が出ている。 実は宮島行きのフェリーは、ホテルからここまで乗ってきた広島電鉄系のものと、JR系の2系統があり、乗り場が2つ並んでいるのだ。そしてJRの宮島口駅もこのフェリー乗り場から歩いて2、3分のところにあり、互いに「ワシんとこのフネぇ乗らん奴は、養殖カキと一緒に瀬戸内海に沈めちゃるけんのぉ」と言わんばかりに、客を呼び込む看板作りに精を出した結果、フェリー乗り場が見えなくなるくらいの看板乱立状態になってしまったらしい。こんなことを推察している横では、Ke.Sが映画「仁義なき戦い」のテーマを口ずさんでいた。実は広島出身のKe.S、ヘンなところで目立とうとする気質は風土的なものだったのね。納得。 さてここで宮島観光をするKe.Sとはお別れである。どっちのフェリーに乗るか散々迷った挙句(注=片道料金は当然同じで、往復で買うとこれまた同じように割引がある)、JRの方に乗った。汽笛が鳴ってフェリーは乗り場を離れていく。遠ざかるフェリーから手を振る男一人とそれを見送る男三人。これが津軽海峡フェリーぐらいだったら絵になるのだろうが、ピストン輸送のフェリーだと、「見送るくらいなら一緒に行け」とどこからかツッコミを入れられそうである。たぷん帰りは広電のフェリーに乗って戻ったんだろうなぁ。 フェリーを見送ると、この旅の道中、最小人数にして前回の東海道編も制覇した例の三人になった。しかし次に乗るバスにはまだまだ時間があったので、広電宮島駅をさらに散策する。改札には若い駅員がつっ立っており、つい「あ、あれが例のバイト車掌か」と口走る。広島電鉄はラッシュ時における人手不足の解消策として、アルバイトの車掌を雇っており(本当)、いかにも「パイトでやってます」といった感じのがちょうどその時改札にいたのだ。阪急では朝のラッシュ時に、いかにも「その筋」の人らしき方が駅のホームでこまめに動いているが、広島電鉄はさらにその上を行っているいるのだ。アルバイト車掌、もし広島市内在住で、時間の自由の利く身分ならぜひやってみたいバイトである。興味のある方は広島電鉄のホームページを参照されたし。 乗換えを待つことかれこれ45分、宮島口からようやく「大竹栄町行き」という、「宮島口からとにかく一番西へいける」バスが出発した。例によって我々の乗るバスは一緒に乗る人が少ない。まるで「そんなん乗るならJRで行け」と言わんばかりに。 そして45分待って乗ったバスは、30分ほどで終点の「大竹栄町」に着いてしまった。当然終点まで乗り切ったのは我々三人だけである。バスの運転手には「ここで降りても何もないよ」と言われたが、それは承知の上だ。ってゆうか、終点まで乗せておいてそれを言ってしまうのはどうか。 それでも西に進むしかない。K.Sの言う、「『栄町』と名のついた町で、実際に栄えている町を見たことがない」説を裏づけするような栄町を国道沿いに歩くと、すぐに山口県との国境、もとい県境に流れる瀬川が見えてきた。大阪を出て3日、ようやく本州最西端の県にたどり着いた。次に県境を越えるときは九州だ。 橋を渡ると、岩国市営交通のバス停があった。近づいて時刻表を見るとあと10分ちょっとでJR岩国駅行きのバスが来るとある。偶然か神のお導きかはさておき、ここはのんぴり待つことにする。岩国市営バスは定刻どおりに10分くらいで停留所に着いて、10分くらいで終点の岩国駅に着いた。 JR岩国駅に着いたのは10時過ぎ。ホテルを出たのが7時過ぎぐらいだったから、3時間で広島から岩国。JRの営業キロ数で41.4キロだそうな。途中、乗り換え待ちの時間を差し引くと、だいたい男子マラソンの記録ぐらいのペースで進んでいることになる。早いのか?遅いのか? さてここ岩国からは、防長交通の快速バスで徳山へ一気に行くのだが、そのバスはなんと1時間40分後。ほかに選択肢がないとはいえ、なんともやりきれない。が、ここで気持ちを切り替えて岩国市の名所、錦帯橋へ行ってみよう、ということになった。幸い徳山行きの快速バスは錦帯橋にも停まるのだ。 岩国市内中心部をぐ〜るぐる回るバスに飛び乗り、錦帯橋へ。五連のアーチ橋という世にも珍しい構造の錦帯橋は、1673年10月に初代が完成、翌年5月には大洪水で流されるという冗談のような歴史を持ち、今かかってるのは3代目にあたるそうな。 渡橋料220円を払っていざ渡る。上って下りて上って下り上って下りて上つて下りて上って下りてハイ渡った。正直歩いて渡るよりも、観賞用の橋ですな、これは。渡った先の松の木の陰で一休み。するとこの日一発目携帯コールがかかる。昨日、サポートカーで大活躍したTs.Tからだ。無事に大阪に帰って一眠りしたら、こっちが気になったそうな。こっちも無事に旅を続けていることを告げる。 渡ったからにはまた戻らなくてはいけない。今度はゆっくりと、途中で普通の観光客みたいな写真も撮りつつ、錦帯橋の曲線美を体で味わった。さらに河原に出て、下から釘一本使っていない基礎を眺める。この錦帯橋、今年の12月から、50年ぷり3年がかりのリニューアル工事に入るそうで、もしその時期に錦帯橋に行っても、こんな光景にはお目にかかれないかも。 さて12時前にお目当てのバスが、錦帯橋前のバスターミナルにやって来た。ここからは普通の観光旅行からまたノンJRの旅に戻る。もうこの旅何台目のバスかわからないくらいバスに乗っている。いつものように最後列の座席に陣取り、見知らぬ景色が流れていくのを眺める。さっきバスに乗る前に食べた岩国寿司なる押しちらし寿司をバスの揺れで良い感じに撹拌され、眠気を催す。まあどうせ終点まで乗るのだから、三人して爆睡しても大勢に影響はないのだが。 ここで車内の広告に目が止まる。山口県内を走るバス会社全てで使用できるバスカードなるものが存在し、しかも10000円のカードを買うと、1500円分ポーナスが付くとある!三人でこれからの行程を検討したところ、「山口県横断するのに、3人でバス代1万円は確実にいく」という結論に達し、運転手の隙をうかがって1万1500円分使えるカードを1万円で購入した。 そんなこんなでバスは新幹線も停まる徳山に到着。ここから防府−小郡と軽快に乗り継ぎたいところだが、次の防府行きのバスはなんと1時間後!仕方なく駅前のロッテリアで時間をつぷす。 かくして本日5台目のバスで徳山から防府へ。このへんまで来ると、どのバスに乗っていたときに何を話していたか、といった記憶があいまいになる。が、この徳山−防府間では強く印象に残る女の子がいた。高校生ぐらい、持ってた荷物からすると部活の帰りだろうか、何で覚えているかというと、この徳山−防府間我々と同様に始点から終点まで乗りとおしたのである。なぜ? さて防府駅に着いて今度の小郡行きのバスは30分待ち。だんだんと日が傾いていくにつれ、今日はいったいどこまで進めるのか、漠然とした不安が三人の間に漂う。しかし、今は進むしかない、そこにバスがある限り。 小郡に着いたのは17時ごろだった。小郡といえばOH!WOO!!愛読者にはおなじみの「金田一少年の事件簿ミステリーツアー」で一躍有名になった場所だが、今回はただの通過点。ここから宇部新川のバスターミナルを経て下関を目指すのだ。いよいよ日が暮れていき、バスは文字通り夕日に向かって走るのだが、日曜の夕方ということで道がやたらと混んでいる。次の下関行きのバスの発車時間が刻一刻と迫る。 セメントでおなじみの宇部市の中心にある、バスターミナルに我々の乗ったバスが滑り込んだその目の前を、「下関」と行き先表示をしたバスが走り去っていった‥・。目の前のバスに乗れなかった悔しさは、次のバスが79分後という辛い現実と相乗効果で三人の気力を奪った。 互いに声を出して励ましあい、コンビニでパンを買って小腹を埋める。そうして時間をつぷし、この日最後のバスに乗り込んだときには、空は既に夜の帳が下りていた。 もはや車窓の風景も国道沿いの派手なネオンぐらいしか見るものもなく、言葉少なくなっていた21時前項、進行方向左手に光の点が水平な直線と2次曲線を描いているのが見えた。「まさか‥・。」「いや、あれこそ関門海峡大橋だ!」待ち時間は多かったが、今日のゴール地点を示すランドマークの光を見ていると、達成感が沸きあがっていった。 そうして今朝、広島の路面電車に乗ってから14時間、1台の電車と8台のバスを乗り継いで我々は下関にたどり着いたのだった。(了) |